腕時計どっちにつける
ABUNDANT TIME 代表 壽藤
先日、ご用命くださったお客様に修理完了品をお渡しした時でございます。
「時計ってどちらの腕に付けるのが正しいのかしら?」
「利き腕で無い方にご着用下さい。」
そして、“利き手でない方の手で腕時計を着用する理由”を問われたのですが、
想定していなかったご質問でしたので、あまり上手にご説明が出来ておりませんでした。
後から考えると、全てをご説明出来なかったことが心残りでなりません。
過去にゼンマイで動く時計をご存知ない方もいらっしゃいましたので、
確かにそうした疑問をお持ちの方もいらっしゃるのだと。
シンプルな疑問ほど深掘りされずに終わっていることって、案外多いのかも知れませんね。
簡単に言えば「利き腕の方が多く動くので、時計が傷付きやすいから。」なのですが、
本当はそれだけではありません。
利き手でない方の手で時計を使用することが推奨される理由は他にも沢山ございます。
利き手でない方に着ける理由
1.右利きが多いから
先ず、世界の人口の約 90% は右利きです。
よって、メーカーはユーザーが左手首に時計を着用すること前提に製造しています。
右か左か。どちらかにしなければなりませんので、ほとんどの時計のリューズやボタ
ンは時計ケースの右側にあります。
1900年以前、腕時計は主に女性が着用していました。
一方、男性は手首に装着することは無く、懐中時計を使用していました。
当時から多くの女性が仕事や家事の両方をこなしていたので、既に利き腕で無い方に
着けていました。最大の理由は仕事に支障が出て不便だから。
2.傷付きやすいから
利き手は、ほとんどのことを行う手です。その手首に時計を装着すると、時計は汚れ
たり、傷ついたり、壊れやすくなります。納得ですね。
時計は中の機械を除く全てが傷付くこと前提に作られています。
丸裸の状態で人間の皮膚より外に設置されていますので絶対に傷が付きます。
3.時計のリューズが手首に食い込む
右利き用に作られた時計を右腕に付けてしまうと、手首が可動した時にリューズが手
首に食い込んで非常に違和感がございます。
私は時間を確認する癖が人より多いのでしょう。就職活動している時、就職課の方に
「時計を見すぎるので、面接官にネガティブな印象を持たれますよ。」と提言されま
した。当時、カルティエ・パシャのボーイズを着けていましたが、それからの就活中
は無意識に時計を見ないよう、ずっと右腕に時計を付けるようにしました。
カボション・サファイヤの丸いリューズの跡がクッキリと右手首に残り、青タンのよ
うになってしまったことが思い出されます。
4.手首のむくみ
就寝時以外は手首は心臓より下に位置します。脚のむくみと同様に1日を終えると手
首もむくみます。むくみは両方の手首に影響しますが利き腕の方がより影響します。
昔「足はむくむので新しい靴を購入する時は夕方が良い。」などと言われておりまし
た。きっとパンプスやブーツを履かれる女性に当てはまる助言なのでしょう。レース
アップが多い男性には実感し難いのかも知れませんね。
同様に“後からサイズ調整出来ないタイプのブレス”と“穴をずらすだけで調整出来る革
ベルト”とでは、ここら辺の感じ方も違うのかも知れません。
私の場合、革ベルトのサイズ穴は日によって1つ位置が違ったりします。
5.自動巻き時計への配慮
自動巻機能搭載モデルは僅かな手首の動きで、中のローターが回転しゼンマイを巻き
上げる構造になっております。
それを利き手に装着すると必要以上の巻き上げ動作が発生し、ローター真、切替え車、
ゼンマイなどを目一杯に酷使してしまいます。当然、機械の不具合が発生するリスクは
高くなります。特に自動巻の切り替え車、ゼンマイは常に巻き上げられている状態にな
りますので、通常のOHでも交換の頻度が高いパーツです。
6.リューズにアクセスしやすい(要注意)
多くのリューズは右利きの人が回しやすいように配置されているので、リューズを簡単
に操作出来ます。よって、時刻や日付を変更するために毎回時計を外す必要はありません。
しかし、これはスマートウォッチやデジタルウォッチに限定した考えです。
手首に装着した状態で時計のリューズを使用しないでください
これをしっかりとお客様にお伝えしているメーカーの販売スタッフや修理会社のスタッ
フにお会いしたことがありません。時計を手首に装着した状態で時間を設定するために
リューズに触れるとリューズが上向き・下向きの角度で引っ張られたり、巻き上げら
れたりする可能性があるので巻き真にも圧力がかかります。時計の機械にダメージを与
える可能性があります。
時計師は、お客様の時計をお渡しする前に日付・時刻合わせなど設定しますが、必ず両
手に持って操作しております。
ケースによっては非常に細い巻き真、長いジョイント式(連結式)巻き真が使われてい
ますので要注意です。手間かも知れませんがケースを両手でしっかり持ってから各種調
整されるがBESTです。
7.ストップウォッチ機能(クロノグラフ)
スタート、ストップ、リセット機能を搭載したクロノグラフ。
一般的なモデルにはリューズとは別にボタンが2つありますが、かなりシッカリと押さ
ないと作動しないように作られています。力強くボタンを押しますので、そのためには
時計を利き腕で無い方の腕に装着することになります。
以上が考えられる理由になりますが、如何でしょうか?
メーカーの気づき
左利きの人が右利きの人と同じように、利き腕でない無い方の腕に時計を着けると
(ややこしいですね。)3.時計のリューズが手首に食い込むと同じ状況になり、
非常に不便だと思います。
バラク・オバマ元大統領は左利きで、利き腕に腕時計をしてい他のでリューズが手首に
食い込むことは無かったでしょう。
過去、最も有名な左利きの時計の着用者の1人は俳優のスティーブ・マックイーンです。
彼はいつも右腕に着けていたのでリューズの食い込みに悩まされていたと思います。
しかし、タグ・ホイヤーがスポンサーになってから、この悩みは解消されました。
ホイヤーは、1971年の映画「ル・マン」でモナコ113Bキャリバー11オートマティ
ックを彼にタイアップ着用させています。
クロノグラフなのでプッシュボタンはそのままですが、リューズが左側に移動して
います。だいぶ楽になったのでは無いでしょうか。
こうした流れから時計メーカーは、一部の人々が右手に時計を着用していること
に気付きました。タグ・ホイヤーだけで無く、ゼニス、ロレックス、およびその
他の主要な時計メーカーが右手で着用することを目的としたモデルをいくつかリ
リースしています。
これら左利きの人向けの時計は「デストロ(イタリア語で右)・ウォッチ」と呼
ばれており、パネライ、オリス、IWC、ジン、カシオなども数年間デストロ・ウ
ォッチを製造しています。
特にパネライは色々なモデルを製造していますが、ケースと文字盤が異なるだけ
で中の機械自体は通常モデルと同じです。機械をぐるりと180°回転させただけな
のですが、パネライに限らず左利きの人向けに製造されたモデルには、いつの間
にか付加価値が付いて価格も高騰しております。
セイコー5などは4時位置にリーズがありますが、左利きの人のことを考えて
そうした訳ではなく、「この時計は自動巻ですよ」と手巻きと差別化するために。
結論 決まった定義はありません
個人的に困ったらよく相談する「全米時計コレクター協会」のメンバーにも聞い
てみました。メンバーの中には某メーカーのデザインを担当している方がおり、
彼が言うには「これが良い。これが楽。これが便利。は、ユーザー1人1人が感じ
ることであり、メーカーは多くのお客様の要望、期待に応えられるよう設計制作
している。なので、お好きなようにご着用下さい。」
ただ昔と比較すると、確かに装着感より圧倒的にデザイン性を重視していると。
最終的には「君が幸せになる方法が一番いいよ。」 「そうだ、そうだ。」
「僕らがいるよ。」
そういう質問では無かったのですが、何だかグループ・セラピーのようなって
しまいました。
何故、手首の内側に
最近ではほとんど見かけなくなりましたが、女性が手首の内側に時計を付けるは
「女のくせに生意気だ!」と言われるからだとか。現代では全く考えられないよ
うなショーヴィニズムがあったからだとよく言われていますが、これは全くのス
テレオタイプです。または内側への着用は日本人女性に多く見られるとか、何故
か和服の名残であるとか、日本人女性特有の奥ゆかしさであるとか、これまたス
テレオタイプです。
腕時計が普及し始めた当時、風防のクォリティは低くちょっとした衝撃でヒビが
入ったり、簡単に割れたりしていました。ドライバーや船乗り、パイロットや兵
士に至るまで時計を手首の内側に装着していました。
よって実際は女性よりも男性の方が多く内側に着用していました。
姉妹店きよみのアンティークの時計をご覧いただけると解りやすいのですが、当
時のブレスはとても華やかなデザインです。ドレスとのバランスを考えたメーカ
ーがブレスにも力を入れておりました。
多くの女性が時計を付ける時にブレスの方を見せるため、あえてケースを内側に
していた事実がございます。手首の内側に付けることで、時計を見る時の仕草が
エレガンスであったり、今まで見えていなかったダイヤモンドウォッチがパァッ
と見えて、他の人の目を惹くことも考えていたのでしょう。
現代では、他の人にどのメーカーの時計を着けているのが一目でわかるような
「ロゴ・デザイン」のケースが好まれておりますが、そう考えると当時の女性
はとてもお洒落だったのでしょうね。